福岡高等裁判所 事件番号不詳 判決
主文
原裁決中その第一項である昭和二十二年四月三十日執行の宇佐郡南院内村會議員選擧に於ける開票點檢以後の手續は之を無効とするとの部分を取消す
訴訟費用は被告の負擔とする
事実
原告訴訟代理人は被告が昭和二十二年七月十七日大分縣宇佐郡南院内村會議員選擧無効訴願事件について爲した裁決中第一項を取消し適當なる裁判を求めることを申立てその請求の原因として原告は昭和二十二年四月三十日執行された宇佐郡南院内村會議員選擧で村會議員に當選し現に其の職に在るものである。訴外石川淳外三名は右の選擧に際し投票用紙中選擧管理委員長の捺印のない投票用紙に依る投票計百三十八票が正規の用紙でないため無効であるに拘らず選擧會で之を有効としたとの理由で同村選擧管理委員會に對し異議の申立をしたところ同委員會は之を排斥するの決定をした。そこで被告に訴願したところ、被告は「昭和二十二年四月三十日執行の宇佐郡南院内村會議員選擧に於ける開票點檢以後の手續は之を無効とする、爾後の訴願人の主張は之を棄却する」との裁決をなし昭和二十二年七月十八日その旨告示した。原告は右の選擧で七十票を得て前述のように當選し現に村會議員の職にあるものであるが若し右の選擧管理委員長の捺印のない投票用紙に依る投票を無効とするときは原告の得票中無効となるものが二十二票に達し落選することになる。この意味で原告はこの裁決に重大な利害を有するものである。
一體右の無効とされる選擧管理委員長の捺印漏と言うことはなるほど嚴格な意味では正規の用紙を用いたものと言い得ぬかも知れぬが法は斯る意味の嚴格を要求して居るのではない。正規の用紙でないとは選擧管理委員會で投票用紙として作成交付したものでない用紙を指すのであつて、偶々委員長の捺印漏があつたとしてもそれを投票用紙として委員長が選擧人に交付したものである以上正規のものとなるのである。捺印はその委員長が投票用紙として交付したものであることを證據立てる一つの要件であつて從つて假令之を缺いても委員長が投票用紙として投票場で交付した以上有効な投票用紙であり、その投票は有効である。本件選擧で正規の用紙とは選擧管理委員會の定めた用紙でその委員長の捺印のあるものであるが委員長の捺印のない右百三十八票は選擧執行中委員會で選擧人に交付したもので即ち右捺印のないものも正規の用紙だと變更し又は追認したものである。要するに捺印あるものとともに正規の用紙である。假に右が無効だとすると總投票數千六百四十八票中百三十八票と言う多數の投票が無効となるのでその結果は原告が落選者となるばかりでなく之が他の人に片寄つた場合は最高點當選者である訴外安部民造も落選者となるのであつて選擧の結果は全然違つて來る。かような重大な關係にある百三十八票の捺印漏の投票用紙が選擧管理委員から投票場で投票用紙として交付されたのに拘らず無効のものとすればそれは全く選擧の公正を破壊するものであつて決して公正な選擧ではない。實に選擧自體が無効である。然るに原裁決は選擧管理委員以外の者から持込まれたものでないとの形式的な理由で「捺印漏投票用紙の交付があつたものを奇貨として選擧人その他の者から不正投票の混入があつたとは認められず」とて選擧自體を無効としないで「開票點檢以後の手續を無効とす」としたのは捺印漏れの投票用紙百三十八票の混入に依つて得票數に運不運の偶然で重大な變化を來たすと云う實質的の選擧の不公正を忘却したものである。この理由からでも原裁判は取消さるべきものであると述べ右百三十八票の投票用紙が選擧事務從事者からその過失に依て投票用紙として選擧人に交付されたことは爭わないが選擧事務從事者は委員長の補助として爲したものであると附陳した。(立證省略)
被告訴訟代理人は本案前の辯論として原告の主張は原告が當選者であるに拘らず自己の當選を失ふことになる結果を招くものでありまた一面原告主張の百三十八票の投票が有効であることを主張しながら他面該投票の無効であることを前提として選擧の無効を主張するもので請求の原因が一定しない不適法のものだと述べ本案について請求棄却の判決を求め答辯として原告が昭和二十二年四月三十日執行された宇佐郡南院内村會議員選擧で村會議員に當選擧し現にその職に在るものであり訴外石川淳外三名が原告主張のような理由で異議の申立をなしたが排斥の決定を受け更に之に對し訴願をした結果原告主張のような裁決があつたこと、原告が右選擧で七十票を得て當選して居るがその得票中に選擧管理委員長の捺印漏れのものが二十二票あつて若し之を無効とすれば原告は落選となることは認める。本件は右選擧で選擧管理委員長の捺印漏れの投票用紙による百三十八票の投票が有効であるか無効であるかゞ問題となり又該投票が無効だとすればその選擧全部が無効であるかそれとも一部が無効であるかが爭となるのである。町村制第二十二條第八號に投票用紙は選擧管理委員會の定むる所により一定の式を用うべしと規定し選擧管理委員會の投票用紙の指定義務及びその指定に依る拘束義務を定めてあるから指定に悖るものは違式で假令それが些細の事であつても規定の用紙と言ふことは出來ない。従つて右南院内村の選擧管理委員會でその委員長の捺印あるものを正規の投票用紙と定めてある以上その捺印漏れの前記百三十八票は勿論無効である。委員長の捺印漏れのものを正規の用紙とすることに變更し又は追認したことはない。右百三十八票を無効投票として各候補者の有効得票を計算すれば當選者の原告が落選者となり落選者と決定されて居る訴外坂口勇が當選者となるのみで現實の問題としては十六名の當選者中に唯一名の異動を生ずるだけで原告の云ふが如き大きな變動はない。又選擧の公正のことであるが本件のように選擧事務従事者の單なる過失で百三十八票の捺印漏れの投票用紙を選擧人に投票用紙として交付し投票させたもので投票總數は投票者總數に合致し其の間不正投票などのあつたことは認められない。投票は選擧人の自由意思に基き平穩裡に行はれ多數の選擧人の意思は選擧に反映して居るのであるから選擧の公正を害したものとは言へない。又それがために一部の無効投票を來たしたとしても選擧自體を覆すに足る重大な無効原因とも認め難い。無効投票を有効投票として當落を決定したため前述のように選擧の結果に異動を生ずることとなつたのでこの點を是正すれば足ると思う。訴願に對してなされた原裁決のように選擧の一部即ち當落を決定すべき開票點檢以後の選擧手續を無効とすべきものであつて選擧の全部を無効とすべきものではない。法は選擧の無効の場合を制限し選擧の規定に違反し選擧の結果に異動を生ずる虞のある場合に限り選擧の全部又は一部を無効とす但し當選に異動を生ずるの虞なき者を區分し得るときはその者に限り當選を失うことなしと規定しあるので本件のような場合選擧全部を無効とすると右百三十八票を有効としても無効としても當選に異動を生ずることのない十五名の當選を失はしめる結果となり有効投票をした千五百十票の多數の選擧人の意思を無視することゝなり法の精神に反するものと思うと述べた。(立證省略)
理由
昭和二十二年四月三十日大分縣宇佐郡南院内村會議員選擧が執行されたこと、右選擧に際し投票用紙中選擧管理委員長の捺印のない投票用紙に依る投票計百三十八票は正規の用紙を用いない無効のものだと言う理由で同村選擧管理委員會に對し異議の申立をしたが同委員會は之を排斥する旨の決定をしたので前記三名が更に被告に訴願したところ同委員會は「昭和二十二年四月三十日執行の宇佐郡南院内村會議員選擧に於ける開票點檢以後の手續は之を無効とする、爾餘の訴願人の主張は之を棄却する」との裁決をなしたこと、原告が右選擧で七十票を得て當選し現に村會議員の職にあるが右百三十八票の投票が無効と定まると原告の得票中無効となるものが二十二票あつて結局落選となることについては當事者間爭がない。原告の請求原因は、右百三十八票の投票は有効である、假に無効だとすれば本件選擧自體無効だと主張するもので請求原因の一定しないものではなく其の訴は地方自治法第六十六條第四項の裁決に對する不服の訴であることが明であるから被告の本案前の辯論は理由がない。
仍て本案の係爭點である南院内村選擧管理委員長の捺印漏れの右百三十八票の投票用紙に依る投票が有効が無効かについて審理してみよう。
昭和二十一年九月法律第二九號で改正された町村制第二十二條の八號に依ると投票用紙は選擧管理委員會の定むる所に依り一定の式を用うべしとある。成立に爭のない乙第一號證及び證人岩男繼雄、長田敦の各供述に依ると右選擧で南院内村選擧管理委員會は地方事務所から送つて來た投票用紙に選擧管理委員長の印章を押捺することにその式を定めたことを認め得る。而して右選擧事務從事者からその過失で選擧人に投票用紙として交付されたことは當事者間爭がなくその用紙が選擧管理委員長の捺印あるものとともに地方事務所より投票用紙に使用するよう送つて來たものであることは前段認定の資料に供した證據で明瞭である。右のように本件捺印漏れの百三十八票は地方事務所即ち縣より投票用紙に使用するよう送つて來たものであり選擧當日投票場で選擧事務從事者から投票用紙として公給せられたものであり之に辯論の全趣旨で認め得る本件選擧當日は同一投票場で他に選擧のなかつたことを參酌すれば之を所謂正規の用紙を用いざる無効の投票と解すべきでなく有効投票と斷ずべきものである。
從つて右捺印漏れの百三十八票の投票を無効と前提する原裁決の第一項は爾餘の點に對する判斷をする迄もなく失當であるから之を取消すべきものとする。
仍て原告の本訴請求は理由があるから之を認容し訴訟費用の負擔については民事訴訟法第八十九條に則り主文のように判決する。